‡二回生・冬T
十一月になると学祭がある。
門を入ればにぎやかな呼び込みの模擬店が連なる。特設のステージでは派手なパフォーマンスをするアマチュアバンドもある。いつもの静かなキャンパスが別世界のようだ。
騒々しさが苦手な火村は、全く来るつもりがなかったのだが『ちょっとくらいのぞきにきてや』と玄関先でアリスに念を押されて、重い腰をあげたのだ。
一度泊まって以来。アリスは度々、火村の下宿に来るようになった。今ではすっかりばあちゃんとも意気投合して茶飲み友達状態。といっても、図々しく転がりこんでいるわけではなく、ばあちゃんの連れてきた生まれて間もない子ネコの様子が気になって仕方なかったらしい。火村も大概ネコ好きなのだが、アリスも相当なもの。ほとんど毎日、彼=瓜太郎のもとに顔を見せていた。
そして、学祭週間の今は完璧に火村の部屋の住人となっている。
学祭の準備やら何やらでハードなスケジュールになるから『来週は来られへんけど、元気でおりよ』とウリに話しかけていたアリスに『家から通えばいいわ』と話を決めていたのは、ばあちゃん。
ある日火村が帰ると、例のピンクの布団一式が部屋に置かれていたのだ。『しばらく世話になるけど、よろしくな』と、その布団の前で三指ついて礼をされた時に倒れなかった自分を誉めてやりたいと火村は思う。
この数日。火村にとって幸か不幸か‥鈍感なアリスは親友の邪な思いには露とも気づいていないようで。『何日も悪いな』と言いながらピンクの布団にくるまって罪作りなポーズで眠ってくれる。そのため宿主の神経はぶち切れ寸前に来ているのだが。もちろん、そんなことを知るはずもない。
夜毎、窓越しに満ちていく月を見ながら、いっそ狼男に変身出来れば楽かも‥などとおよそ自分らしくない事を考えている火村だったのだ。
『で、何をするんだ? お前のとこは?』
『屋台』
『屋台って、ラーメン屋か?』
『ううん、おでん屋。先輩達の案でね。まぁ、去年よりはいいと思うわ。去年なんて、知ってる?あの時期にアイスクリーム屋やで。何で? って叫んだら“だからミステリーなんだろ”ってわけのわからん事言われるし…』と仲間の事を話すアリスの様子に感じた嫉妬のせいもあるのだろう。自分の知らないアリスの世界を見てみたい好奇心からか、最終日になってようやく学祭も終盤を迎えた校内に足を踏み入れたのだ。
EMCと書かれた即席の旗を建てた屋台が彼らの店。季節がよかったのか、そこそこ繁盛しているようで常時何人かが並んで途切れることがない。昼すぎに一度のぞいた時にはアリスの姿が見えなかったので、図書館で一時間程度時間をつぶしてから通ってみると、割烹着姿のアリスがせっせと紙皿にコンニャクや卵を乗せていた。横にはあの男。やっぱり二人でペアか‥。
そいつが無愛想に「次の方、どうぞ」と言う。
そっちを見ずにアリスに向けて「大根と卵」と告げると、声に気づいてアリスが顔をあげた。
「あ、火村。来てくれたんや」
にこっと笑うその笑みは、火村が一番好きな顔。
「ごめん。卵売り切れやねん。代りにおいもとこんにゃくサービスしとくからな!」と言いつつ、横の男をちらりと見て「いいでしょ。先輩」と呟くことも忘れない。その気遣いに何か特別を感じて、不愉快になったのはお互い様だったろうか。
牽制するように火村を見据えて男がニヤっと笑う。
「知り合いが来る度にサービスしたら赤字出すぞ。アリス」
「そんなんしてないでしょう。後にも先にも火村だけです。こいつは特別ですから」
多分、アリスは考えなしに言ったのだろう。が、人並み以上の回転力を持つ二人の頭はその言葉を深く受け取めた。
「どうせなら全部、貰ってってくれ」と男は言い、
「どうも」と火村は答える。
後にも先にも二人が出会ったのはこの時一回だけ。でも、互いに強烈な印象が残ったことは確か。
「ラッキー。よかったな、火村。あ、大根も最後や。後、こんにゃくとはんぺんと…ほかに何がいい?」
そんな火花の出るようなやりとりを全く感じない大物ぶりで、アリスはせっせと火村の皿を大盛りにしていく。
「‥ほい。大丈夫か。熱々やから気をつけてな」
「ありがとう」
受け取ろうとした火村に、
「こっちは俺からの大サービス」と、山盛りのからしがプレゼントされる。
「うわ!何するんです? 先輩!ごめん。火村」
目を白黒させているアリスを軽くあしらい、
「お、まだあるのか。ほら商売商売。次の人どうぞ。悪いね、卵と大根は品切れ」と、明後日を向いてしまった男に会釈をして火村はその場を後にした。
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