月がとっても青いから−5

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 翌朝。いや、昼になって目覚めたアリスとヒムラを乗せたコウはエイト城に向かった。
 最初、城と聞いた時、イメージしたのは日本の城。そしてヒムラの姿を見てから西洋の城を思い浮べた。が、目の前にあるこれは…。
『エイト城』
 確かにそう書いてある。門の横の木の板には。だが、それはよく学校やら会社やらの前にドーンとあるのと一緒‥。しかし、それより何より。
「どう見ても大学やん。それもご丁寧に我が懐かしき英都大学やんか‥もしかしてとは思ってたけど、まさかその通りとは‥」
 通された部屋も勝手知ったる火村の研究室の場所。中身はかなり違うけど、そのごちゃごちゃぶりもなんだかそっくり。 
「滅多に俺の客など来ないから散らかし放題だが。
ちょっとその辺りにでも座ってくれるか」
 しばらくの間アリスを一人にしていたヒムラが湯気のたつカップ持って現われた。一方ををアリスが受け取ると、軽く自分のカップを当てる。
「乾杯。改めてよく来てくれたアリス」
「え、あの‥それなんやけど」  
「何?」  
 にっこりと尋ねられると返事に困る。
「いや、‥その‥」
「さっそくだが、今晩からは青の月だ。何もなければいいが、もしもの時はよろしく頼む」
「ちょっと待って、だからぁ、その青の月ってなんなん? 俺は何をするわけ?」
「何だって?」
 驚いた魔法使いがカップをとり落とす。
「うわっ! えっ 」
 割れると思ったカップが床まで数ミリといった所で止まって、数秒後静かに床に着地した。
「一体、どういう事?」 
「どういうことやねん?」
 顔を見合わせて同時に叫んでしまった。

「…というわけで気付いたらなんか穴に落ちてて、アルマーニさんに出会って結局ここに居るんや」
 アリスの説明を聞いた魔法使いヒムラは難しそうな顔を考え込んでいたが、しばらくして納得した様にうなづいた。
「それでも、間違ってはいないんだ。アリスが異世界から迷い込むとは予想外だったが『迷路山からアリスを連れ出せ』‥俺が受け取った青の月の対策本にはそう書かれていただけだ。二人はその為のガードだし」
「でも、あの二人がガードしてたアリスって俺とは違うと思う。穴に落ちて忘れたって‥」
「しかし、君がアリスで在る事は事実だし、今更他のアリスを探す余裕もない。ということだから、今度は俺が説明しよう」
 そんなアバウトでいいんか‥というアリスの疑問を無視してヒムラは話し出す。その説明には意味不明のものや難解な言葉、わけのわからない魔法使いの専門用語も混ざっていたが、アリスが理解した事をまとめると。
 この世界の月も普段は青くない。年に二日だけ青くなる。その青い月は魔力を降り注ぐ。それは魔法使いのパワーの源。彼らはその光を浴び、自分の中に蓄える。例年二日間で一年の力を手に入れることが出来る。が、十年に一度、7日間、朝昼も関係なく月光に照らされ続ける期間がある。それは魔法使い達の苦難の年。強力なパワーは却って仇となり彼らを狂わせ、死に至らしめる事すらある。力のある魔法使い程、力の吸収率が高い分、危険性も高い。従って、現在bPの実力者ヒムラにとって今回の月は危険極まりない代物。
 だが、bPの魔法使いに受け継がれる青の月の対策本にその時だけ浮かび出る文字がある。それが彼を守る手段。ある時は物、ある時は人。別に何をするではなく、それが在る事によって狂気を防ぐ事が出来るという。
「だから、俺を快くなく思う連中にとっては邪魔者を消す絶好の機会なわけだ。アリスをここに来させないように妨害もしただろう。昨日の化物もそのその一つだろう」
「でも、俺が君のそのアリスやなかったら?」
「さぁな。俺がどうにかなるんだろう‥」
「そんなん。あかん! 今からでもほんまのアリスを捜そうや。俺が迷い込んだせいでヒムラに何かあったら‥」
「無理だよ。もう遅い‥ほら」
 ヒムラがカーテンを開ける。
「うわっ‥!」
 そこには昨晩の比ではない真っ青な月がある。その禍々しくも美しい月を背にヒムラが手を差し伸べる。
「ここに居てくれ、アリス。お前にはお前の世界があるのはわかった。でも、お前がいい。お前が必要だ。出会った瞬間からお前が俺のアリスだ」
「ヒムラ…」
「せめて、俺が狂っていったらお前の手で殺してくれないか」
 その手をとってはいけない、と思いながらも、今のこの男を見離す事は出来ない。
 ごめん。火村。今だけ…────
「何をすればいいん?」 
「こうして居てくれるだけでいい」
 青い光の中で、アリスはヒムラの手を取った。
「なんて月や…」 


▽▽▽

「寝ながら月見かよ、全く…。確かにきれいな月だけどなぁ。もうすぐ日が変わるぞ。おい、アリス。風邪ひくぞ…」



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