【ひむあり子育て日記】 パパ怒る…の巻 

8月20日  アリスSIDE

残暑厳しき折りってニュースが言ってたけど、本当に連日の真夏日。
なんだかこの腹帯ってのが…余計に暑苦しい。
けど、せっかく母さんが贈ってくれたし。ばあちゃんが巻き方教えてくれたし。しゃあないなぁ…。子供のためやから。
(ちなみに戌印の腹帯ってホンマに犬のマーク書いてあるねんなぁ…なんて火村ともども感心した)
8月25日   アリスSIDE

夕方。片桐さんが寄ってくれた。
新刊を何冊か差し入れてくれたから読もうかと思ったけど、こう暑いとどうにも頭が回らない。けど朝井さんのは読んどかないと、きっとそのうち来はるやろうから。
しかし暑い。あんまりクーラー入れたら良くないってことで扇風機が友達状態。
今は火村がうちわであおいでくれてる。
ほんまにまめやなぁ…。(愛だ、と後ろで騒いでいる)
8月26日 火村SIDE

夕立の後、哲学の道に夕涼みに出た。
相変わらず、猫のたまりばとなっているのか、ちびがみぃみぃと鳴いて気はとられたが…。
さすがにこれ以上は連れて帰れない。大体、昨日のモモの事もある。
しばらくは、我が子優先ということで…。ごめんな。
第10話 新婚報告その4 〜ねこねここねこ〜

ガラッと扉を開けると、カランカランと呼び鈴が鳴る。
そんな風情のあるこの佇まいがなんだかいいなぁと片桐は思う。そしてもちろん迎えてくれる笑顔も。
「あら、片桐さん。おこしやす」
「こんにちわ。御無沙汰してます」
 ほら、この雰囲気。
大家の篠宮さんの『日本のおかあさん』って感じが、なんとも…。
「アリスさん? 」
「はい。昨日電話で約束してるんで」
「そしたら、後で下にも寄って下さいな。みんなでスイカでもたべましょ…」
 ありがとうございます、と会釈を返し、階段を2段ほど上がった途端。聞こえてきた怒号。
『出て行けー!!!』
 思わず片桐は足を止める。
「え? …火村さん?」
 居間へと向かいかけていた篠宮さんも戻ってきて見上げている。
『そんな言い方せんでもいいやんかー!!!』
『うるさい!!』
『悪気があったわけやないやんかぁ!』
 窓かドアか…どこかに隙間が開いているようで筒抜け状態に聞こえてくる。
「これって夫婦喧嘩ですよね」
「ほんと、めずらしい…」
 階下の二人がうーん、と顔を見合わせている間もガタンバタンと騒々しい音は続いている。
『許せる事とそうでない事があるってわからせてやる!』
『あかん、やめてっ! 火村、お願いっ!』
 ガッシャーーーン!
 ………
「でも、ちょっとヤバクないですか?」
「…まさか、火村さんに限って…」
と固まってしまった二人がおたおたとし始めているとミャーーオと小さな影がすざましい勢いで階段を降りていく。
「うわっ…」
「うりちゃん、こおちゃん」
 そして…。
『…ひむらぁ………』
 困ったような声を最後にシーーーン…と静まり返る気配。

「おさまりました…?」
「みたいやね。そしたら、上がりはります?」
「いや…それって…却ってまずい気がするんですけど…。夫婦喧嘩の仲直りの中に入る勇気はちょっと…」
 ましてや火村先生と有栖川さんの間なんて…。
 あの超ラブラブな二人の仲直りの最中に乗り込んだりした暁には…焼け死んでしまう。いや、その場で死なずとも、その後の火村先生の報復が…。
「確かに…ね。そしたら、下でお茶でも飲みはる?」
「よろしいですか?」と、篠宮さんの後に続く。

 その時。
 タイミングを見計らったように、がらがらっと扉が開いた。
「あ、片桐さん。来てたんや」
「こ、こんにちわ」
 見上げた先、猫を抱き締めた有栖川さん。
「ごめんな、待った?」
「いえ、あの…」
 待ったといえばこの騒動を聞いていた事が丸わかりって事になるわけだし…どうしたものかと逡巡する間に、とととっと階段をかけ降りてくるその姿。
「こら、走るな。危ないだろう」
 後から追って来た声は勿論、火村先生だ。               
「ふんっ! 知らん。火村なんてきらいや!」
(あれっ、仲直りしたんじゃなかったのか…?)と思う間に近付いてきた有栖川さんが拗ねた声で訴える。
「聞いてや。片桐さん。火村ったらひどいねん。急にぶつんやもん」
 …や、やっぱり…。
「突然、投げ飛ばして『出てけー』やで。その上追い掛けまくってさぁ…」
 そ、それは…。
 火村先生ってそんな暴力的だったのか…有栖川さんも影で苦労してるんだ…等など云々…。片桐の脳裏にあれやこれやのシーンが浮かんできてしまう。
「あ、有栖川さん…」
 目の前で腕の中の猫をぎゅっと抱き締める。うつむく姿が悲しそうで、思わず手を伸ばしかけた所。
「…可哀相になぁ、モモちゃん。ほら、みんなのとこ行っとき…」
 目の前の姿はしゃがみこんで猫を手放している。
(え? モモちゃん?)と、片桐が瞬きした一瞬。
「当然だろうが、そんなもん」
 追い掛けてきた火村先生は、立ち上がった有栖川さんをすっぽりと腕に収めてしまう。
「怒るなよ‥アリス‥」
 包み込んで後から耳元にそっと囁いている声は限りなく優しい。

あの、その、人前ですよぉぉーー。その見事ないちゃいちゃぶりに片桐は凍ってしまった。
『火、火村先生〜〜、いっいくら家の中だって‥そ、そんな堂々と‥〜!!』
と、叫びたいところだが‥声すら出せないで奇妙な笑い声が漏れるだけ‥。
 でも、さすがに篠宮さんは慣れたもの。
「何をしたの? モモちゃん」
 逃げてきたモモをすくい上げて二人に尋ねた。
「この上を走り抜けたんです」
 そういって火村先生の手が指さしたのは少しばかり膨らみを増した有栖川さんのお腹。
(それは、田舎から贈られた腹帯を巻いたせいだそうだ。『なんや突然に妊婦度が増したみたに見えるんやろなぁ、火村ときたら腫れ物に触るように気を使ってくれてんねん』と後で有栖川さんが教えてくれた。)
 その有栖川さんのお腹の上を通行路にしたとあっては火村先生が怒るのも無理はない…ともいえなくはない。
「あら‥」
「だからー、モモちゃんかて悪気はないんやって言ってるやん。俺があんなとこで寝てたから」
 火村先生に向かって溜息をついた後、篠宮さんの方をむいて有栖川さんは情況を説明する。
「追い駆けっこしてたんですよ、うりちゃんやこじちゃんと一緒に。で、2匹はうまいこと俺を飛び越えてたんやけど、モモちゃんが俺の上を通っていって。そしたら、火村が急に‥」
 頭の中、映像化される情況。
「一回や二回じゃなかったんだよ。何度も行ったり来たり。‥モモの奴」
 またまた、ぶちっときたらしい。火村先生の声が怒っている。
「もう、落ち着きぃや。火村。大丈夫やって‥。モモちゃんたちも早くこの子等と遊びたいんやって‥」
「でも、ネコキックまでしてったじゃねぇか‥」
 かりかりと怒る火村先生に、くすくすっと有栖川さんが笑う。
「あいさつしたんちゃうか?」
「何があいさとだ! 蹴ったんだぞ‥お前の事‥ちゃんと怒っておかないと」
「そしたら、この子らも怒られなあかんで」
 言いながら火村先生の手をとって、そっと腹の上へと。
「俺のお腹けって怒られるんやったら、これから、毎日お説教やんなぁ…」
導いたその手の上から話しかけている。
「何を…えっ? あ、アリス? 今…」
 火村先生の口調が変わった。
「うん。わかる?」
「あぁ、すごい。元気なんだ」
 すっかり目尻の下がった火村先生と、優しく微笑んでいる有栖川さん。
 もうこうなるといつも乍らの二人の世界。
「さっきな‥この子らに起こされてん。で、火村に報告しようって思ったら急にモモちゃんの事怒り出して、言いそびれてもうた」
「そうか…」
「ももちゃんが乗っかった時もぽんって蹴ったんや…だから、きっとごあいさつしてくれてんで。きっと産まれてきたらいい友達になってくれるって‥」
幸せを絵に描いたみたい…とは、まさにこういう感じなのだろうか…。 

「はぁ……あの…いつもあぁなんですか?」
 数歩後ずさって片桐は尋ねる。
「えぇ、でも、仕方ないわねぇ…。もう火村さん。感動の極致でしょうからなぁ」
 篠宮さんはそう言って、にこにこと二人を見守っている。
「といいますと…?」
「動いたんでしょ、お腹の中で…」
「あ! 赤ちゃんですか?」
「ちょっと遅いかもって心配してたけど、よかったわ。腹帯も間に合ったし‥」
 うなづいて、包み込む眼差しは本当に家族の視線で…。
(なんか…憧れるよなぁ…こういう家庭って…僕も早くいい人見つけないと…)
なんだか寂しい…なんて場違いな事を片桐はふと考えてしまった。

BACK(第9話)← →NEXT(第11話)

TOP