第9話 お墓まいり
「墓? そりゃあるよ」
こともなげに火村はこたえる。
どこに…と聞くと『北海道』と帰ってきた。
「それはちょっと遠いなぁ…」
「なんだ墓参りでもしようってのか」
「うん。だって俺、火村家の嫁にきてんのに一度もご挨拶してへんやん。やっぱり御両親にはちゃんと手、合せたいなって」
「手を合わせるっていっても…これだぞ」と、火村が胸の前で描いたのは十字。
「えっ? 火村んとこってクリスチャンなん?」
無神論者を公言して止まない火村が実はクリスチャンだなんて、そりゃ驚きだ…と思ったら即座に否定された。
「違うよ。うちの両親だけな」
いわく、北海道に住んでた時に近所の教会のステンドグラスに感動したオヤジさんが突然に改宗したそうだ。
なんとも安易な人だよなぁ、とからからと笑い飛ばしている。
「火村は?」
「俺は違うよ…。洗礼受けたりしてないし。大人になって自分の意思があればって事で任されたままになってる。でも、まぁな。少なくとも俺はクリスチャンでなくてよかったって今は思ってるけど」
「なんで?」
「だってキリスト教の三大悪の一つなんだぜ、同性愛って」
「あっ…そっか」
あまりに普通に生活してるから、つい忘れてるけど。世間一般では確かに俺達の関係はアブノーマルになるのだ。
ふと思い出して、目を伏せたアリスを火村は軽く引き寄せる。
「まぁ、どうでもいいんだけどな、そんなもん。いっちゃなんだがうっとおしいよ、宗教なんて。その事で母親がずっと実家ともめてたしな。あの人、寺の娘だったから、結局それで縁切ったきりだった」
「そりゃ大変やん」
「あぁ…。お袋がなくなった時だけ突然来て『うちの墓に入れます』とかいったんだぜ、あのばあさん」
そんな事はさせない、と父を思って改宗した母の望みどおり、墓地に葬った事で火村との間にも亀裂が入って、それきり会ってないらしい。
「なんか凄かったんや…」
そりゃ火村がそういう話題を避けたいわけだと、納得していると『もう居ない人間より、居る人を優先させたほうがいいんじゃねぇのか?』と火村が問うた。
「お前のとこへのあいさつも正式にはしてないぞ。電話で話ししたきりだ」
そういえば、そんな話をしてたっけ。
つわりがおさまって、安定期になったら一度動ける時に有栖川の両親にあいさつに行こう、と。
「うーん…。お盆は嫌かな…」
近くにじいちゃんがいる本家があるそうで、多分親戚がうようよといるだろうから避けたいとアリスは言う。
「そうか…。じゃあ、秋にでも行くか? 学祭の休みの頃」
「あぁ、そうやな」
…うなづいて、ふと見つめているアリスの視線の先はお腹。
「どうした?」
「あと2ヶ月後って、どんななってるんやろ」
その頃というと、7ヵ月半。
「お腹大きくなって…この子らが中で動き回ってたりするんやろか…」
「不安か?」
そういいながら、お互いに限りなく優しい瞳で見つめるまだ見ぬ子供たち。
「ううん。ていうか…なんかようわからへん。想像出来へんし…でも、がんばるから、俺。ちゃんと元気な赤ちゃん産んで、火村のご両親にもあいさつ行きたいもん…嫌がられるかもしれんけど」
「なんで?」
「男の奥さんなんて…」
どうやらさっきのキリスト教の三大悪のくだりを気にしていたらしい。
「バカ」
回した腕に力がこもる。
「最高の嫁さんだって自慢してやるよ」
「火村…」
ふわっと降りて来た唇が熱い想いを伝えてくれる。
痺れるような口づけに酔いつつも、ふとアリスの頭の片隅に横切った事がある。
───そのうち、火村を説得して一緒に入れる墓、用意せなあかんなぁ…。
死んでも絶対離れへんねんから…
なんとも情熱的な新妻だった…。
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