【ひむあり子育て日記】 寒くなってきたってママたちが言うけど、ここは気持ちいいよ‥。 

10月16日   アリスside

 突然に寒くなった。秋を通り越して冬みたいや。
 明日は検診の日だから、ちょうどいい。マンションよって、冬物をとってこよう。
 その前に、こっちで火村の長袖も支度しないとあかんな。
 といっても、火村の普段着の数ってめっちゃ少ない。夏は家にいるけど、秋は仕事だから、というのが理由らしいけど。そういわれて思い起こすと、火村の上着って学生の頃からあんまり変わってない気がする。物持ちがいいというか、流行に疎いというか‥。
 ま、らしいといえばらしいけど‥。
 いてっ、こら!
 今日も元気だなぁ。ぽこぽことあいさつがわりに何発も蹴ってくれて‥全く!
 心配しなくていいよ。わかってるって。二人にも冬支度ちゃんとしてるから。
 まだ2ヵ月半もあるってのに、ダンボール箱が2つ‥君たちの分で、たまってるんだから。親馬鹿、孫バカ‥その他たくさんの愛情で、ね。
 そういえば‥お腹の中は常温なんかな?
 明日、先生に聞いてみようっと。
10月19日 火村SIDE

 秋の夜長。
 虫の声をBGMに二人で読書なんてのも、なかなか乙なものだ。
 しかし、こう急に寒くなられると秋というより冬だな。
 季節の変わり目で、風邪も流行っているようだ。今年の風邪は熱が続くとか、今日久々に顔を見せた学生が言っていた。一週間ほど寝込んだそうだ。
 菌を連れて帰ったらまずいと、念入りなうがい、手洗い。
 今、アリスに風邪でも引かれたら大事だ。『母体の健康は子供の健康』と先生にもくれぐれも気をつけるように厳重注意されている。なんといっても薬が飲めないから熱なんて出したら大変。
 早寝させないとな。
第12話 秋の夜長

 しーん‥と静かな夜に思い出したように虫の声が聞こえてくる。
 日付が変わるまでとアリスは文庫本を手に読書タイム。
 傍らでは、火村も郵便物に目をやっている。

 そんな平和な情景に不似合いなもの。それは‥。
「‥ふぅ…」
 一体何度目になるのかって溜息の山。
  
 見てみぬふりをしてはいたアリスも…ついに溜まり切れずに、口を挟んだ。
「どうしたん? 火村?」
「え…別に…」
「別にって事ないやろー。なんかすごーいふかーーーい溜息の湖が見えるけど?」
「そうか? せいぜい水溜まりレベルだろ?」
「うーーん…それやったらものすごい豪雨の後の水溜まりやなぁ」
 そんな軽口で、なんとか気持ちを紛らしてやろうと思ってはいるのだが、どうにも浮上出来ないでいるようだ。
 理由はわからないけれど……原因はわかる。
 海を超えて送られてきた一通の手紙を見てからだ。
 火村の様子が明らかにトーンダウンしてしまったのは。

 結婚して、今までよりも近くなった分、心がけてきた事がある。
 約束したわけではないけれど何故か暗黙の了解で気付いたら出来ていた…互いのプライバシーを尊重しよう…という不文律。
 火村には火村の、アリスにはアリスの…それぞれの時間は絶対に存在している…。
 それは決してやましい時間ではなく、お互いに信じてるって気持ちの現れだ。
 でも、こんな風に切ない時間なら分けて欲しいと願ってしまうから。

「なぁ…火村…」
 そうっともたれ掛かる、左腕。
「俺、もっと火村の事知りたいな…」
 少し間をおいて。
「‥何を今更‥」
 呆れたような火村の呟きが、頭上に降ってくる。
「たしかに、今更やけど‥でも、そう思うんや。全部知ってる‥って思う。けど、何も知らんとも思う。そんなことってない?」
 こんなに近くて、知らないところなんてないって互いが思うくらい知り尽くして、誰にも入れない二人だけの領域をしっかりと守っている今でも、お互いの見知らぬ面を垣間見る瞬間は確かに存在している。
「言われてみれば‥あるな…」
 それがどうした、といった口調の火村を上目遣いに見つめたアリスは、ふいに
ふわりとほほえんでみせる。
「そうやろ。だから愛しくて‥。そして切なくて‥。もっと知りたい、傍にいてたいって思うんや」
 そっと触れた手にそっと頬摺り。
「いい時だけやなくて、へこんでる火村の事も知ってたい。ちゃんとつらいことも分けてな」
「アリス…」
 火村の声が和らいだのがわかる。 
「もちろん…言いたくなったらでいいから…」 
 ありがとうの言葉と共に降りてきたのは唇。
「好きやで、どんな火村も」
 そんな言葉をそっと覆い尽くした後、「俺もだよ」と告げる火村に笑顔が戻る。
 
 切ない夜。
 でも、傍にいればきっと優しい時間に変えることが出来るはず。
 二人だから……。
10月20日 火村SIDE
 早朝。
 アリスはまだ眠ってる。
 結局昨日は、語り明かした夜。横になっては思い出したようにあれこれ話して…。何時に眠ったのかよくわからない。
「こうして、また一つ。分かりあえた気がしてなんか幸せやで、俺」
 眠り沈む前にそんな言葉を聞いた。
 もちろん、俺もだ。
 さて、仕事へ出かけよう。
 ゆっくり休め

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