【ひむあり子育て日記】・・まだまだボクタチ出番じゃなさそう・・

6月9日───アリスSIDE

やはり、そうだった。
「おめでとうございます。3ヵ月ですね」
先生のその言葉に俺よりも早く、火村が「ありがとうございます」と礼を言ってくれているのが、なんだかとてもうれしかった。
 
 予定日は1月1日。噂の2000年ベイビーとか。
 詳しい検査をしたいので、プロジェクトチームを組んで下さるのだそうだ。 
なんせ、男の出産という事で、世間に知られれば大騒ぎが待っているから、極秘でという事で話を進めてもらっている。
 このあたり、火村の力が効いているらしい…。
 といっても力になってくれる人は欲しいので、ごく内輪には報せようという事で人選中。ばあちゃんは無条件。あと、仕事のことがあるので俺としては、片桐さんにも言っておきたいかな…。

 とにかく、男にも子供が産めるってニュースが流れた時はひとごとだと思っていたのに。世の中って不思議だ。実はこれまでも世間に知らされてないだけで、何例かあるのだそうだ。でも、俺の場合が一番の高齢出産ということになるらしい。
 その言葉は火村も気になったのか、何度も「アリスの命に関わりがあるよう
であれば、そちらが優先で考えて下さい」と繰り返していた。
 その気持ちはものすごく嬉しいけど、俺としては火村の子供を残したいって気持ちがとても強い。そのあたり今度また、ゆっくり相談してみよう。
    
6月9日─── 火村SIDE

でかした、アリス! 
船曳警部のつてで、警察病院でも凄腕と噂の先生を紹介してもらった。   
もちろん公務員の守秘義務を固く約束してもらって…の事だ。        
「おめでとうございます」の声を聞いた時、俺は初めて神の存在を認めてやってもいいと思ったほどだ。                   
ここ数日の調子の悪さに、悪い病気ではないかと心配していたのだろう。  
隣ではアリスがすやすやと眠っている。 
そっと、触れてみる腹。 
何の変わりもないここに俺達の子供がいる。その事実に感動している。 
   



第2話  帰り道
 
『では共にがんばりましょう』と、優しそうな先生と握手を交わして、夢見心地のまま車へと戻る。
「なんか、すごい…」とずっと言い続けているアリス。
 きっと我が身に起こった奇跡を噛み締めているのだろう。
 実は、簡単な検査しかしていないのではっきりはしないけれど双子の可能性が強いですよ、と最後に告げられていた。

「子供が出来だけでもすごい嬉しいのに……一度に二人もなんて……」
 アリスは命の宿った己の腹部に、愛情を込めた優しい手つきで触れる。
 まだ、判らない筈の鼓動が掌に伝わるような気がして、自然と顔が綻んだ。
「ふ……。生まれて初めて神を信じてもいい気分だぜ」
 そう言って、火村はアリスの掌に自分のそれを重ねると、『ありがとう』と小さく呟いてこめかみに掠めるようなキスをする……。
「そんなん…俺こそ…」
 ほわんともたれ掛かってきた身体をそっと抱き返す火村の優しい腕。

 幸せとはこういうものか、と火村もまた自分の心の変化に戸惑っている。
 限りなく優しい気持ちになれる自分に驚いてしまっている。
 正直な所、火村は自分の遺伝子を残す事など思ってもみなかった。
 というより、嫌だった。火村は自分が好きになれなかったから。
 尤も、アリスとの出会いの中で人を愛する心地よさや愛される喜びを知ってからは、人たる自分くらいは認めてもいいか…という気分にはなっていたけれど。
 それが、どうだろう。この無常の喜びは。
 アリスと己れの愛の結晶が生を得る。 
 それもアリスなればこそ、なのだ。「アリスとの」子供ならば…別。
「アリス…」
「ん?」
「お前と出会えてよかったよ…」
「だーかーら、それは俺もそうなんやって…」
 抱き締める腕にちょっとだけ力を込める。
 幸福の絶頂。
 いや…絶頂ではないだろう、これからもずっと幸福は訪れつづけるだろうから。

 
 そんな二人に降り注ぐ月明かりは、互いの気持ちのように優しかった。 

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