【ひむあり子育て日記】・・きょうのはみちゃだめなんだって、ぼくたち。

7月25日   アリスSIDE

過保護にもほどがあるって怒りをぶつけてみても、心配なんだ・・の一言に丸め込まれてしまう。そんな毎日のくりかえし。                 
幸せだって思えるから、いいんやけど・・。                 
でも、でも・・・。実は俺今とっても不満を抱えてる。          
つわりがひどい間は考えもしいへんかったし、引越しとか、原稿とかあれこれで疲れてた時は勿論、気にならんかった。                  
 でも、しかし・・・。ここに来てふと思う。               
俺達、名実共に結婚したわけで。                   
 そしたら、やることやってもいいんちゃうん?
っていうか、それがあったから・・子供までできてる筈やのに。        
俺がいやって言っても、身体の方が正直だよって熱い手でだきしめてきたくせに。   
・・なんて考えたら・・なんか、変。                     
これって、欲求不満っていうんかな。                   
一度、先生に聞いてみよっかなぁ。妊娠中のセックスについて・・。 
7月27日  アリスSIDE                        

朝井さんのいじわる。                          
火村が浮気なんて・・でも。    
確かに。ずっと触れてもけえへんもんなぁ…あんな性欲魔人が・・。      
そんなそぶりさえ見せへんって、どっかで何かしてるって事なんやろか。   
だから、俺に触れもせえへんの?                     
7月30日   火村SIDE 

アリスの調子が悪い。いや、体調はすこぶる良好のようで、食欲もあるのだが。
何か眠れないで悩んでいるようだ。                    
どうしたんだ?と聞いても答えはない。                  
子守り歌でも歌ってやろうか、と聞いたら無言でひっぱたかれた。      
さっぱりわからん。    
しかし、妊娠中は精神的に不安定になる時期もあるというから。       
とりあえず、明日は定期検診だし。じっくり話を聞いてこよう。
第7話 新婚報告−その2−

 定期検診を終えて『母子共に健康』とお墨付きをもらったというのになにやらアリスの表情はさえない。
 それどころか先生と二人で話したいから、と病室を追い出されたりしたものだから火村の機嫌も勿論悪くて。
 ついつい、キャメルに手が伸びる。
 最近、胎児に悪いとアリスの傍では吸わないように心がけていたというのに。
「あ、煙草、吸うてたん?」
 半時間ばかりして車へと乗り込んできたアリスの第一声がそれ。
「ごめん」
 窓を全開にしておいても匂いは消えないようだ。
「別に、嫌いやないもん。なんか久々や・・。この香り・・火村の傍にいるって安心する」
 そう言って見せた笑顔が、さっきまでの険を含んでいない事に気づく。
「どうした? 何かいい事でもあったのか?」
「ん? 別に・・」
 そ知らぬ顔でシートベルトを手にすると、アリスはまださほど目立たない腹をそっとかばいながら律儀にそれを付けている。
「先生と何の話しだったんだ?」
「ちょっとな…母親の心得みたいなもん聞いただけ…。いいから、早く車出して…。今日はマンションに泊まるんやろ」
 プロジェクトチームが大阪にあるので、検診のある日は夕陽が丘のマンションに寄ることにしている。嫁入りはしたものの、あくまであそこは借家だから…と相談した結果、マンションはそのままにしてある。というより名実共に二人の家だ。残りのローンの分を火村が相続していた家を売却して払ってしまったから。京都に新居も考えないではなかったが、それは子供も大きくなって落ち着いてきてから考えようという事で見送っていた。

「じゃあ。明日」
「ばあちゃん、なんて…」
 電話を置いた火村にナイターを見ていたアリスが尋ねる。
「順調で安心したってさ」
「そう、あーーーーー。あーあ、負けやな、これは」
 なんとかというリリーフ投手が出てきて見事なホームランを打たれたとかで、ぷりぷりと怒ったアリスはプチッと電源をオフにする。
 これ幸いと隣に座り、火村は
「なぁ、アリス。一体何を悩んでたんだ?」
「べ、別になんも、悩みなんてないで…」
 そういいながら、明後日の方向に向けられた視線が何よりの証拠。
「なぁアリス。俺達、夫婦になったんだろ。そりゃ、全てを包み隠さず…なんてのはお互い個人である以上無理だ。相手に言わない方がいい事もある。でも、悩みや迷いはわかちあいたい」
 諭すように優しくしっとりと語りかける言葉に、さ迷っていたアリスの視線が火村へと戻る。あと一押し…。
「お前が自分の身に起こった事で未知への体験を余儀なくされて、戸惑っているのもわかっているつもりだ。男が子供を産むんだから不安も多いだろう。でも、だからこそ、支え和えたらって思ってるんだがな…」
「…火村…」
呟く唇を掠めたのはキス。驚いたようにきょとんとした顔をしたアリスをふわっと包んで火村は言う。
「無理はいわないさ、その唇が動きたくなるのを待つよ・・」
分かっている。本当は。心から大事にされていると・・。
だって自分の抱えてるのはそんな高尚な悩みとかではなくて・・。
「不安はないよ…。火村がどれだけこの子にを大事にしてくれてるか…わかるし。ばあちゃんもみんなもすごく優しく応援してくれてるやん…。それは大丈夫。そりゃ、身体の変化は恐いけどめったに出来へん事するんやって思ったらわくわくしたりもする」
小さくかぶりをふってそろりとその腕から抜け出すと、アリスはうつむいてポツンと一言。
「でも…でもな…。俺ら夫婦になったやん」
「あぁ…」
どうして、そんな当然な事を言うのだと、思いを巡らすまでもなく・・。
「でも、それからしてへん…」
途端に紅くなるうなじ。
「えっ?」
「だから…そんなことしたからこうなってて…。それはそれで嬉しいんやけど。でも、妊娠わかったから一度も…その…あれ…してへん…し…火村…触りもしいへんし…」
消えていく声が、寂しいと告げる。
「…アリスはそんなこと気にしてたのか……」
 火村は自分の隣で小さくなって座っているアリスを包み込むような笑顔で見つめた。
「だって、不安一杯やったのに、朝井さんが…旦那さんが浮気するのは、奥さんの妊娠中が多いなんて言うから……。俺…、俺…、もっともっとめっちゃ不安になってもうて……君のこと信じてたいのに……」
 アリスが唇を噛み締めると、じんわりと浮かんだ涙がぽろりと一粒こぼれ落ちた。
「泣くなよ……」
 火村はそっと手を伸ばしてその真珠の一滴をぬぐい、広い腕にアリスの身体を引き寄せた。
「俺もお前の妊娠が判ってから、子供のことばかり言ってたな…。それじゃ、お前が不安に思ったって仕方ないさ……」
「火村ぁ……」
 胸元に顔を埋めるアリスの髪を火村が優しく梳く。
 そして、甘えるように身体を擦り付けるアリスに優しく微笑んだ。
「…しようか?」
「え……」
「セックス。最後までは出来ないけど……それだって、ちゃんとしたセックスだぜ? もう絶対不安だなんて考えられないぐらい気持ち良くしてやる」
 ちゅっと音を立てて、大きく見開かれた目許にキスが降る。
 いくつも、いくつも…。
 口付けていない個所が無くなる頃、潤んでいたはずのアリスの瞳は幸福に細められていた。
「しよう……。火村……うんと気持ち良く……して…」

甘い夜。
掠れる声。
それは二人にとって絶対不可欠な時間。

いつか、君たちにも胸を張って語ってあげるよ。
俺達は本当にお互いが必要で、そのために抱きあい、感じあい・・。
そして、君たちが在るのだと・・。

BACK(第6話)← →NEXT(第8話)

TOP