月がとっても青いから−2

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 カサッ…
 近くで何か気配がした。
「誰や 」
 言い捨ててからまずいと思う。もし悪い奴やったらどうしよう…。隠れようにも暗闇の中、どう動けばいいのか見当もつかない。

 しかし。
「アリスさん?」
 緊張した神経に届いた声は明らかに自分の名前。
「だ‥れや?」
 どこかで聞いた事のある声。
 薄光と共に姿を見せたのは‥。
「森下さん…?」
 あなたもですか、と続けようとしたアリスを遮っ
て慌てた様子で森下は駆け寄って来た。
「あぁ、アリスさん。良かった。こんなところだっ
たんですね。探しましたよ。ケガないですか? さぁ、早く行きましょう」
「行きましょうって、どこへ?」
「‥何言ってるんです? もしかして落ちたショックで頭が変になったんですか? 困ったなぁ‥」
「落ちたって? ちょっと、森下さん」
「‥アリスさん。さっきからモリシタさんとか言ってるのは僕のことですか?」
「そうやけど‥」
「冗談は止めて下さいよ。僕はアルマーニです」
「あ、あるまーに?」
 …ってどっちが冗談やねん 
「そうですよ。あなたを青い月の夜までに城に送り届ける為のガードの一人です」
「しろ? ガード?」
 なにがなんだかさっぱりわからない〜!
「そうか‥ここは混乱の穴か…。まずいなぁ。まぁいいです。わからなくても。とにかく僕の契約はあなたをエイト城へ送り届けることですから」
「エイト城?」
 その名がまたまたとてつもなく怪しい。
 もしかして、もしかすると、そこに居るのは。
「森、やなくて、アルマーニさん? ひょっとしてそのエイト城って言うのには、火村とかいう奴が居てたりするわけ?」
「なんだ。憶えてるじゃないですか。よかった。さ、立って。早くこの穴を出ないと青の月まであと3日しかないですから。今晩中に次のガードのハクユウさんに会わないと明日のトリネコ便に乗れませんよ。じゃ、行きますよ」
 言うや否や、強引に手を引くとアルマーニこと森下は猛然と歩きだす。
 引きずられるように進むアリスの頭の中はもうパニックなんて超えていて…混乱状態。
 一体、ここは何なんや?
 自分は何に巻き込まれてるんやろう?
 ひっぱられながら、とにかくわかっていることを整理しようと懸命になってみるものの、どうにもこうにもよくわからない。

 それでも‥。
 ハクユウさん?
 トリネコ便…? 
 なんとなく、なんとなーく。イメージが湧いてしまうのは何でだろう‥。

 そして───
 だらだらと長い坂をアルマーニ森下に引きずられながら登りきった後。息をきらして座り込むアリスを残して『ハクユウさんを探して決まーす 』
と駆け出した彼が連れてきた人物は、やっぱり。
「…片桐さん…」  
 予想に違わず作家有栖川有栖氏にとって馴染み深い珀友社の彼の担当、片桐さん(と瓜二つ)。
「はぁ? カタギリ?」
 不思議そうに首をかしげるハクユウ片桐に、アルマーニ森下が声をかける。 
「何だかアリスさん、さっきの穴に落ちてから変なんですよ。僕のことも森下って呼ぶし。でもね、ちゃんとヒムラ先生の事だけは憶えてらっしゃるんですよ! さすがですよねー!」
「そうなんですか。いや、とにかくご苦労様でした。後は私が締切りまでに着くようにトリネコ便にアリスさんを乗せさえすればいいんですよね」
「そうです。頑張って下さい」
 二人は固く握手していた。
 
 その日は少し場所を移した大木の下で野宿することになった。
『私が見張ります』とハクユウ片桐に言われて森下は既に眠りについている。
 なにがどうなっているのか全くわからないまま、
とりあえず横になってアリスは空を見上げる。
 満天の星々。そして神々しいまでの月。夜とは思えぬ明るさが目に痛い。
 知っている星はないんかな…。
 そう言えば、火村は星に詳しい。
 天体望遠鏡を覗いてた少年時代の話を聞いた事があったっけ…。
「どないしたらいいと思う?火村ぁ…」
 呟いた途端、切なくなった。
 こぼれ落ちた涙で空が歪んで…。
 火村の面影もぐらぐら揺れる。

 どうしよう。
 なぁ、どうしたらいい?
 火村…火村…火村…助けて───

▽▽▽

「アリス? おい。アリス? どうした?」
 優しい声がする。
「全く…何泣いてるんだ? 起きろよ。いくら俺でも、夢の中までは助けに行けないだろうが…」

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