月がとっても青いから−4
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 またしても暗い中で意識がもどった。時間を見るとほとんど同じ10時50分。2日も連続して同じ頃に意識を取り戻すなんてなんたる偶然なんや、とアリスは自分に毒気づく。
「よいしょっ!」
 身を起こそうとすると何だか全身ダルい。
「そっか。落ちたんやった…あんな高いやんか。よう生きとったなぁ」
 見上げた空は迷いこんだ世界のものらしい。
「青い月、か。ホンマやなぁ。そう言われたらここのお月さんってすごく青い感じがするわ」
 といって、自分の世界の月をゆっくりみたのはいつだったろう。
「そうや。お月見の夜や。火村ときたら人が忙しいって言うてるのに月見団子とお酒持って来て‥」
『ちょっとぐらい息抜きしたほうがいいもの書けるかもしれねーぞ』なんて口車に乗って月見酒をした。ホントにすごく気持ち良くなって…。
 そうや。それでケンカになったんや。
 あれは絶対、火村が悪い。つまみ食いとか言ってキスしたりするから。それもあんな…あんな気持ち良いキスするから、つい‥収集つかへん様になったんやないか。それでも理性かき集めて『仕事ある』って言っても『忘れろ』って封じ込めたくせに…。『絶対一回だけや』って言うたのに『こんなに熱くして?』ってあおったくせに…。
 あの一晩のロスで後がどれだけ大変やったか知らん筈ないのに『締切りは守らないと、先生』なんてからかうからケンカになったんやないか!

 ガサ!
 完全に今の立場を忘れて自分の世界に没頭していたアリスが我に返ったのは、すぐ傍の木々が揺れたせい。昨日は森下が現われた。片桐とも出会っ
た。多分ここでは自分の知らないものと出会う事はない‥とアリスは奇妙な確信をもっていた。
 だが、その音と共に出てきたのは、これぞ正に得体の知れない正真正銘の化物。大きな目をぐりぐりと動かして落ち着きのない素振りで周囲を見渡す。その顔には鋭い牙。草をかき分けるに鋭い爪。え? それって‥。
 ジャバウォーキー 
 確か奴は森の化物だ!
「そんなん反則や!」 
 思わず大声をあげたアリスに気づいて化物は、猛然とアリスに向かってくる。
 闇雲に走りだしたアリスを追う怪物の思いもよらない速さ。後に目はなくても気配が近付いてくるのがわかる。
「うわっ!」 
 草に足を取られて、世界が回った。
 何でやねん!
 嫌や!
 こんなとこで死にたない!
「嫌や───! 火村ぁ 」
 あっと言う間に追い詰められたアリスの目の前に黒い影がよぎった。
 と、同時に一筋の光。
「ユマノリダスシニラナルアノミウゾナノンエイテクコイエ  失せろ! 化物!」
 おそらく呪文であろう何かを叫びながら、振りかざした剣が青白い軌跡を十字に描く。
「イメイダ!」
 すると、今正にアリスを噛み切ろうとしていた筈の化物が忽然と、消えた。

「な…なんやったんや…一体?」
 立ち上がりながら呟いたアリスに、剣を鞘にもどして振り向いたその男が答える。
「妖しだ。どこかのバカ魔術師の仕業だろう」
 その声…。
 大昔の映画で見たような黒尽くめのコスチューム。目にはマスクまでしたその男。当然といえば当然。お約束通りいいとこ取りのその男こそ。
「…ひ‥むら」
 呟いたアリスをじっと見つめて、男はゆっくりとマスクを外す。 
「そうか、お前がアリスか。間に合ってよかった」
「あ、ありがとう…」
 呟いた声が相手に届いたかどうかはわからない。
 見とれてしまった。もちろんアリスにとっては、
見慣れたあの火村と同じだ。だけど、ものすごく印象が違うのはその服装のせいだろうか。相変わらず黒が基本ではあるけれど、とってもゴージャス まるで中世の騎士のようなきらびやかな襟使い。マントを棚引かせて一歩一歩近付いてくるその姿に今にも心臓が飛び出しそうになる。
 ドキドキドキドキ
 うー、こんな格好も似合うやんかぁ…。
 やっぱり…。めっちゃかっこいい、火村ー!
 さすがやぁ!

「トリネコから落ちたそうだが、ケガはないか」 黒手袋の手が髪についていた草葉を丁寧に取り去っていく。その感触にいつもの火村を思い出す。
「どうした…? どこか痛いのか?」
「ううん。大丈夫みたいや」
「じゃあ、何故、お前は泣いてるんだ?」
 言われて初めてアリスは自分の頬を伝う涙に気づいた。
「あ。違うねん。これは…」
 拭おうとした手を軽く遮って、ヒムラの手が頬にかかる。
「俺のせいか? 道々恐い思いをさせたようだな」
「え…」
「すまなかった。それでなくても、突然魔法使いから呼び出されたんだ、驚いて当然だ。その上、エイトのヒムラと言えば、世間じゃ『実力はあるが変り者』と言われる異端子。敵の数も半端じゃない。来てはくれないかと思っていた」
 この世界の魔法使いが一体何で、どんな役割を持つのかアリスにはわからない。全く事情も理解していない。
 ただ、わかってる事が一つある。
「君はおかしくない」
 思わず口をついて出た言葉。
 次の瞬間、アリスはヒムラの腕の中にいた。
「アリス!」
 その腕がまるで救いを求めるように弱々しく感じて思わず抱き返す腕に力がこもった。
「ひ‥むら…」

 抱き合った腕を放した後、互いに照れてしまった。というか「いや、その‥」なんて真っ赤になっ
ている魔法使いを見てアリスもどういうリアクションをとればいいのか迷ってしまったのだ。
 こんな照れてる火村なんて初めてや。なんか緊張してまうやんかぁー!
 こっちのヒムラってちょっと違うんかな。俺と会うのも初めてみたいやし‥。
 どうしよ‥。
 ヒムラが火村やないんやったら、これって浮気なんやろか‥。
 いや、でもなぁ、俺の事助けに風のように現われるなんてのはどう考えても俺の火村やねんけど‥。

 しばらくそんな風に一人で回ってたアリスの肩をマントが包み込む。
「下の道まで歩けるか?」
 照れを隠す様に真面目な顔で告げる。その声はやっぱり火村だから条件反射でうなづいてしまう。
「え、あ、うん」
 そして、手袋をはずしておずおずと差し出された手を取り二人は歩きだす。ちなみに道すがらのアリスの頭の中きたら。
(ま、話を聞かへんことには何かもわからんし‥。
とにかく行ってみよ。でも‥この手の感じも一緒やねんけどな。そういえば、前に火村と手つないで歩いたん、いつやったかな‥‥)
                         そんなことしてたんかい  と、思わずつっこみたくなる私‥

 その道々聞いた話によると、アリスの墜落した場所はエイト城まであと一山という森の中。さっきのトリネコ便はヒムラの持ち物で、突然アリスが墜ちたのでヒムラの所に一緒に探してくれと泣きついたらしい。二人の姿を見つけるとトコトコと駆け寄ってくる。
「心配かけたな。アリスは無事だよ。ほら」
「ごめんな…。驚かせて」
 ミャウとすりよる仕草がなかなかに可愛い。
「とりあえず今日はトキばあちゃんとこに戻ろう。
もう一走りのせてくれるか? コウ」
 
 コウ? トキばあちゃん? って…もう聞かなくてもわかった。トキばあちゃんは下宿かなんかの大家さん。コウはヒムラ子飼いのトリネコだろう。おそらく他にも二匹ウリとかモモっていうのが居るはずだ。
 到着した家でアリスは一言「やっぱりな…」と呟いた。
 その後、聞きたい事は山程あったが、暖かいご飯とシャワーとベッドの三点セットの魅力に負けてすぐにアリスは熟睡してしまった。
 その寝顔にそっと触れる感触。
「ん…火…村……」


▽▽▽

「キスでも起きない…か。全く可愛い寝顔しやがっ
て…。そんな切ない声で呼ぶなら、ちゃんと起きて俺を見たらどうだ。こら、アリス…。襲っちまうぞ」


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